葉っぱ生活

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たそがれ時

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きのうの夕空。

10日ほど前から『毎日走る』ことを習慣にしようと試みているのですが、
(わけあって減量中なのです。関連ブログ記事1
昨日の朝、さぼってしまいました。

なので、夕方仕事の休憩時間に30分ほど(3kmくらい)、土手へ走りに出ました。

写真は、そのときの夕空です。

やわらかくてとてもまろやかな空でした。
時間は5時過ぎで、もう日は沈んだ後のようで太陽は見えないけれどまだ明るい、
そんな様子でした。

こういうのを、 たそがれ時 というのでしょう。


  『たそがれ』 って、「黄昏」 と書きますが、
  もともとは「誰そ彼」だったのを知っていますか?
  夕方の薄暗い時は、人とすれ違ってもその相手が誰だかわからない、見分けにくい
  ということをさす言葉だそうです。
  逆に明け方のことは、「彼は誰」(かわたれ)といいます。

  私は、これを高校の国語の授業で習ったのですが、
  なんとなく印象的で、夕暮れ時になるといつもその言葉が思い浮かびます。

   ~大辞泉より~
     たそ‐がれ【黄昏】
     《古くは「たそかれ」。「誰(た)そ彼(かれ)は」と、人の見分けがつきにくい時分の意》
     1 夕方の薄暗い時。夕暮れ。2 盛りを過ぎて終わりに近づこうとするころ。

     かわたれ‐どき【かわたれ時】
     《「彼(か)は誰(たれ)時」の意。あれはだれだとはっきり見分けられない頃》
     夕方を「たそがれどき」というのに対して、多くは明け方をいう。

  とあります。
  一番星(宵の明星)は『たそがれ星』、明けの明星は『かわたれ星』ともいうそうです。

  きれいな日本語だとおもいませんか?
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by plants_plants | 2010-02-09 09:27 | *日々つれづれに