葉っぱ生活

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「見栄のためだけにお金を使うのはやめましょう」

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先日、ラジオを聴いていたら、こんな言葉が耳に飛び込んできました。

 「見栄のためだけにお金を使うのはやめましょう」

私の場合、自分をもっとよく見せたいという見栄のために身につける服飾品への投資はおさいふをきゅうきゅういわせている原因のひとつです。
必要が先に来るほうが多いので、「見栄のためだけ」ということはあまりないと思いますが、本当に必要?何で必要?と考え直すのに冒頭の言葉は有効かもしれませんね。

(「見栄」自体はセンスを磨く場合など何かを向上させるのに必要な要素ですので、
「見栄」を否定しているわけではありません^^)

ここでは、見栄「だけ」のために使うのはやめようといっています。
「見栄だけ」でほかの理由が見当たらない場合、
そんな買い物ができるのはずいぶんとお金にゆとりのある話ですよね。
でもなんだかココロは貧しい感じがしますね。



さて、明日は父の日です。
私は贈り物が好きで、あれこれ考えるのは楽しいのですが、
そんな選ぶ時間の中で、

 これ送ったら(自分が)センスがいいと思われるかも

なんていう、それを贈る自分への評価が選択基準のなかに入ってくるときが
大変恥ずかしながら、多々あります。
もちろん、送る相手に喜んでもらえるか、という選択基準ありきで、
それははずすことはできないのですが、
贈り物のセンスを発揮したいという、相手にとってはまったく必要のない、
プレゼントするという趣旨からは外れたココロ。
これがけっこうチラリズムしてしまったりするあさましい私です。


今日、贈り物を選びながら、前述した「見栄だけのためにお金を使うのは・・・」
という言葉があたまをよぎりました。

センスのいい人と思われたいなんていうのは見栄以外のなにものでもないですよね。

今日は、これも買うかどうか、またはこちらにするかどうか、といったときに、
その「見栄」を選択基準から除いて選ぶことができました。
おかげで、素直に、送る相手のことだけを考えて必要な買い物ができたようにおもいます。
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喜んでいただけるといいのですが。。。
でも、やっぱり、一番送りたいのは気持ちですから。
(だからメッセージや手紙は必須です)
いってみれば、物は付録みたいなものですね。

気持ちのやり取りを物に託す。
素敵なことだと思います。
それが儀礼的、義務的になってしまうのは
大変もったいないことだと日々思います。


                               患者さんからいただいたラベンダー↑
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by plants_plants | 2007-06-16 22:20 | *ことばについておもうこと