葉っぱ生活

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カテゴリ:*ことばについておもうこと( 8 )

くれる 

最近、ふとおもったこと。


「~してくれた、あれなんだけど、」


なんていうふうに、ごく自然な会話の中に「~してくれる」「~してくれた」

という言葉が入るとき、

相手に対する感謝の気持ちがそこに現れているなぁと感じます。


「感謝の気持ちが大切」

なんて言葉をどんなにたくさん言われるよりも、

ひとつの実感がその大切さを実感させてくれる。


もともとそういう気持ちは自然にわいてくるもので、
意識してするものじゃないから。

自然に、相手や物事に対してそんな気持ちで日々過ごしていると、
言葉や行動、表情の端々にその気持ちがあらわれてくる。

そんな気持ちの自然な表れを見つけたとき、
その気持ちが自分ではない誰か他の人に向けられたものでも、物事に対して向けられたものでも、

なんだかとてもうれしい気持ちになる。


人が、誰かにありがとうって思いながらすごしている状態でいることが、

周りにいる人を気持ちよくさせ、うれしくさせるんだと思う。


そんなことに気付かせてもらえたりもするし。


そしてそれに対して「ありがとう」って思うとき、

もう、「感謝のきもち」が伝染している。
ひとからひとへ、伝わっていく、染っていく。

こういうのは、口に出さないで思っているからいい気がする。

白い画用紙に色が足され、広がって、どんどん変化して絵ができていくように、
目には見えないけれど、その人のまわりの空気がその色や温度を変えていく。

心で見る景色。
そんな想像は楽しい。


そんなつれづれ。


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by plants_plants | 2010-10-05 12:37 | *ことばについておもうこと

「見栄のためだけにお金を使うのはやめましょう」

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先日、ラジオを聴いていたら、こんな言葉が耳に飛び込んできました。

 「見栄のためだけにお金を使うのはやめましょう」

私の場合、自分をもっとよく見せたいという見栄のために身につける服飾品への投資はおさいふをきゅうきゅういわせている原因のひとつです。
必要が先に来るほうが多いので、「見栄のためだけ」ということはあまりないと思いますが、本当に必要?何で必要?と考え直すのに冒頭の言葉は有効かもしれませんね。

(「見栄」自体はセンスを磨く場合など何かを向上させるのに必要な要素ですので、
「見栄」を否定しているわけではありません^^)

ここでは、見栄「だけ」のために使うのはやめようといっています。
「見栄だけ」でほかの理由が見当たらない場合、
そんな買い物ができるのはずいぶんとお金にゆとりのある話ですよね。
でもなんだかココロは貧しい感じがしますね。



さて、明日は父の日です。
私は贈り物が好きで、あれこれ考えるのは楽しいのですが、
そんな選ぶ時間の中で、

 これ送ったら(自分が)センスがいいと思われるかも

なんていう、それを贈る自分への評価が選択基準のなかに入ってくるときが
大変恥ずかしながら、多々あります。
もちろん、送る相手に喜んでもらえるか、という選択基準ありきで、
それははずすことはできないのですが、
贈り物のセンスを発揮したいという、相手にとってはまったく必要のない、
プレゼントするという趣旨からは外れたココロ。
これがけっこうチラリズムしてしまったりするあさましい私です。


今日、贈り物を選びながら、前述した「見栄だけのためにお金を使うのは・・・」
という言葉があたまをよぎりました。

センスのいい人と思われたいなんていうのは見栄以外のなにものでもないですよね。

今日は、これも買うかどうか、またはこちらにするかどうか、といったときに、
その「見栄」を選択基準から除いて選ぶことができました。
おかげで、素直に、送る相手のことだけを考えて必要な買い物ができたようにおもいます。
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喜んでいただけるといいのですが。。。
でも、やっぱり、一番送りたいのは気持ちですから。
(だからメッセージや手紙は必須です)
いってみれば、物は付録みたいなものですね。

気持ちのやり取りを物に託す。
素敵なことだと思います。
それが儀礼的、義務的になってしまうのは
大変もったいないことだと日々思います。


                               患者さんからいただいたラベンダー↑
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by plants_plants | 2007-06-16 22:20 | *ことばについておもうこと

『好き』≒『愛している』ではないことの意味

ちょっと重い?かもしれないけれど、
今日、ぽんと頭に浮かんだ考えを
つづってみます。
 

    * * *


『好き』と『愛している』は根本的にぜんぜん違う。
そんなことを今日、ふと、ほんとうにふと、気づいた。
好意の度合いとかレベルと言うことではない。
実際そんな言葉を口に出して言うことはそうそうないけれど、
「好き」の最上級が「愛している」だというような理解は
皆共通に持っているのじゃないでしょうか。

でも、この二つは似て非なるもので、単にレベルの違いじゃないと思うのです。

『好き』というのは感情だけれど、
『愛している』というのは愛するという行為をしている状態のこと。

『愛する』には、
対象となる相手を「大切にする」という具体的な行為が含まれている。
つまり、「愛するという行為をしている状態」とは、相手を大切に想っている状態のこと。
「愛」には「好き」が含まれるけれど、
「好き」には必ずしも「愛」が含まれるとは限らない。
大切にする行為や気持ちがない場合、そこには「愛」は存在しない。

大切に想い、相手(または対象物)のためになると思われることをする、
ためにならない、相手が望まないと思われることはしない、
これが愛する、または愛がある関係ということ。
「大切にする」にはやさしいだけじゃなく相手を思うが故の厳しさや、
究極の愛ともいえる「許し」なんかも入ってくるけれど、
話が長くなるので、ここではあえてそこまで触れない。

私は聖職者でも聖人でもまったくないのだけれど、
こうした考え方は特別な人が特別なときに持ったり話したりすることでもなく、
当たり前のことだと思うので、ちょっとかきだしてみました。
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理屈っぽいかもしれないけれど、言葉のもつ意味を考え、
身近なもの一つ一つから 愛情を注いでいけたらいいなと思うのです。

また、そう意識することでなんだか暖かな気持ちになれるからふしぎです。
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by plants_plants | 2007-04-19 15:00 | *ことばについておもうこと

心をつくる言葉

c0062796_23105717.jpg「素敵」という言葉はすてきだ。
そんな素敵な言葉はたくさんある。

言葉によって心はつくられる、
そんな内容の本も多く出版されだした今日だけれど、
実際そうだと思う。

投げやりな言葉や汚い言葉は、そのままの心をつくってしまう。
最初は流行りに乗って言葉遊びみたいなつもりで使っていても、言葉は日々使うものだから、その思考への浸透力というのか影響力は大きいだろう。
知らず知らず変わっていく。
また逆にきれいな言葉がきれいな心をつくることもある。

だから、言葉は選んで使いたい。
また、もともと日本語にあるけれど、現実に今使われていない言葉や、
意味がわからなかったり、使えなくなってしまっているたくさんの言葉があることを
もっと知ろうとおもう。
そんな今日。


写真のワイヤープランツを入れているのは、
陶器のベトナム珈琲用フィルター。
これにふたとサーバーと受け皿がつくのだけれど、
割れてしまったので、プランターとして再利用。
素朴な鶏の絵はバッチャン焼きの代表的な絵柄の一つ。
後ろは珈琲が入っていたミニ樽をつかったペンたて。
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by plants_plants | 2006-09-29 23:23 | *ことばについておもうこと

なるように

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光に透ける葉の裏側からみえる景色が好きです。
葉が重なり合ってその緑に濃淡がつき、一枚の抽象画のよう。
どこか別の空間へ通じる扉のよう、なぜか小さい頃からそんな気がしてなりませんでした。

また、あるとき気づいたのですが、人間の手もまた葉の形なのですよね。
閉じても開いても。
そんなことを思うと、なんだか嬉しくなり、
木々に習って空に向かって手を伸ばしてみたくなります。

作意や主張のないありのままの姿が美しい自然。

「自然な~」などと使われるとき「自然」はたいてい良い意味に使われますが、
空や海や山、木々といったものをさす名詞である「自然」を
こうした形容詞に使ったのは、それこそ自然な流れだったのだろうな
と思ったりもします。英語でもnatureとnaturalですし。
自然を美しいと思う感覚は人類に共通の認識なのですね。
(英語と日本語だけでそういうのはちょっとなんですが。。。)

余談ですが、
物事、なるようにしかならないし、なるようになる。
なるようになって今があるのだから。
なんてことを改めて思った今日この頃。
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自然はそんなこともまた教えてくれました。

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by plants_plants | 2006-09-14 17:55 | *ことばについておもうこと

“さようなら” ということば

“さようなら” という言葉は、
とてもきれいな響きをもつことばだなと思います。

でも、口にする機会は、少ないように思います。
学校の先生や職場の上司など、目上の人と交わすさようならは、
とてもきれいなあいさつ。
あまり深い意味は持たず、確実にまた明日、また来週会える相手への挨拶。
丁寧な、敬意をあらわすことばでもあるのだろう。

でも、だからなのか、ごく親しい間柄の人には使わない。
そんな親しい人にもしこのことばを改まって言われたら、
「お別れ」という意味合いが協調され、他のどのことばよりも、
ドキッとして心につきささるだろう。
もう一生会えない、決別、そんな印象を受ける。

バイバイとかじゃぁね、とはまるでちがう。

そのきれいな響きのもつ潔さは、
ある種の決意をもったお別れに適している。

だから、親しい人に対して使わなければならない場合は、
相手に対して発するのではなく、自分の心の中で使いたい。
大切な存在の人やなにかに、まっすぐな気持ちでお別れする、
そして心の中で大切な存在とする、
そんなときに。

“さようなら” ということばは、そんなことばだと思うのです。
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by plants_plants | 2006-09-03 15:20 | *ことばについておもうこと

もういくつ寝ると・・・

c0062796_9583893.jpg梅雨明けが待ち遠しい今日この頃。
もうすぐ夏本番ですね。

写真は去年のもの。
夏の代表格、海がみたくなったので、
ちょっと再UP。

場所はニューカレドニア。南半球です。
オーストラリアのちょっと東に位置する、
きれいな海に囲まれた小さな島。
フランス領なので、言語はフランス語でした。

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初夏、夏真っ盛り、晩夏、残暑・・・などなど、夏という季節はいろいろな言葉でくくられる。
日本の夏は蒸し暑くて、ちょっとした熱帯気候だけれど、
過ごしにくい季節なのに、だからこそ楽しもうという気持ちの感じられる言葉がたくさんある。

楽しいイベントを迎えるような夏の始まりを歓迎する「初夏」ということば、
ど真ん中を指す「真っ盛り」、
暑さあと少し、なんとか乗り切ろうとするかのような「残暑」。

そんな夏本番を前に、いま、想う――。
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by plants_plants | 2006-07-17 10:25 | *ことばについておもうこと

子供大人

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よく、「大人になれない子供な大人」なんていう言葉をきくけれど、最近ひとつわかったことがある。
「子供だからなれる大人」というのもあるなと。

どちらも大人の性質を表す言葉だが、大きく違うのは、「子供」の部分というのか性質だ。

前者でいう子供は言うなれば「幼さ」なのに対し、
後者のは「純粋さ」や「単純さ」「柔軟さ」だ。

後者の大人のほうが考えかたの幅が広いように思う。
一般に大人は物事をむつかしく考えがちだけど単純に考えたほうがいいことは案外多い。

本当に大切なことはいつもとてもシンプルだ。

私もそう思っていたのに実際には頭で知っていただけで実際にはそうなっていなかったと気付かされることが最近あった。

もともと考えるのが好きなだけにいつのまにかずいぶんな頭でっかちになっていたようだ。
体も固いのに頭も固くなってしまったらカチカチ人間になってしまうのに。

でも考えることはいい。
こんなことにもきづけるから。

こんなことに気づかせてくれた人に感謝。
そして気づくまでそばにいてくれた人に感謝。

前者の大人から後者の大人へ--なりたい今日この頃



                          絵:パウル・クレー「忘れっぽい天使」
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by plants_plants | 2006-04-07 10:28 | *ことばについておもうこと