葉っぱ生活

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カテゴリ:*日々つれづれに( 233 )

空の切れはし

雨上がり、薄いブルーグレー色の雲の切れ間切れ間から明るい陽がさし、
ところどころ青空がのぞく。
アスファルトの上の水たまりに映るその様子は、はっとするほどきれいです。

湿って黒々としたアスファルトの上に、はぎれのように散らばる青空。
小さな水溜り一つひとつのなかに無限の広がりが感じられます。

雨上がりのこんな楽しみ方もいいものです。
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by plants_plants | 2005-02-20 17:47 | *日々つれづれに

いい天気

私は雨の日が好きです。

傘をさすと、傘の大きさの分だけ晴れになる。

普段は土色の木々の枝が、雨の日はしっとり湿って黒々と光る。
その黒さはとてもやさしい。c0062796_22513421.jpg
雨は、晴れの日には見ることのできないものを見せてくれる。

そして雨の中でも霧雨は格別。その細かい水の線が風に吹かれて地上に降りるまでに空を舞う。

そんな景色を見せてくれる雨は、とてもいい天気だ。
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by plants_plants | 2005-02-20 17:42 | *日々つれづれに

神様と

わたしは、小さなころからずっと、
神様と生きてきた。
つい最近まで。

(神様と言う表現が適当かどうか分からないけれど
他に適当な言葉が見つからないので、こう呼んでいます)

子供のころは夜、布団に入ってから眠りにつくまでの間に毎日必ず
神様にお話を作って語りかけて(←頭の中で)から眠っていた。

中学生くらいからは自分担当の神様がみんなにいて、
いつも全部見られていると思っていた。

だから頑張ったことや一生懸命な姿勢は、必ずどんなかたちにせよ
必ず報われると信じていた。
そして苦しい状況はすべて神様が自分に必要だから与えてくれている試練だと、
つまり無駄なことなどなにひとつないんだと思っていた。
またその逆も然りで、悪いことをしたり、試練から逃げたりしたらかならず罰が当たると。

今もその考えは変わらない。

けれど、いつからかその神様の存在が身近になくなっていた。
神様が見ているという意識が日常的ではなくなっていた。

わたしはその神様から授けられた宝物を、粗末にしている。
神様を意識する気持ちが薄れているせいか。

でもそう思い悩む間に、誰かの役にたちたい。
自分と関わってくれる人を幸せな気持ちにしたい。
それが理想であり目標であり、
今自分が生きていてこれからもいきていく目的である。

これからも大切にしたいこと。
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by plants_plants | 2004-04-20 09:00 | *日々つれづれに